ようこそジモモパリへ!

  赤ぱぷりかの『そうだ、ハカセになろう』

1年以上
昨日、またひとつ歳をとりました。
今も続く冒険の始まりは、ちょうど30歳の誕生日の3日後でした。
気づけばあそこから、もう9年も経ってしまったのです。

1年後には不惑と呼ばれる四十歳。
ようやく少しずつ、惑わなくなってきたこの頃、
昔の不安定だったころの自分を思い出しては、年を取るのも悪くないとつくづく思います。
満足のいく30代を送れていることを誇りに思い、またその幸せに感謝しています。

ところで、こんな歳になっても表向きは大学生。
そして相変わらず見た目も若く・・・
これは御年90近くにして70そこそこにしか見えない母方のご先祖女子たちの若さにつけても、
間違いなく遺伝子に組み込まれたものだと思いますが、ありがたいといえばありがたい。
でも、この実年齢と不釣り合いな入れ物は、ときに人生を不都合なものにするのです。

特に年若い日本人のと付き合うときにストレスに嫌気マックス。
なんというか、リスペクトされないのです。
第一に見た目が若いから同年代だと思われる。
なのに、女が若いことがもてはやされる日本人にとっては内実シジューが近い女なんて「おばさん」であり、
やっぱり「おばさん」には幾分侮蔑的な気持ちがこもることは否めません。

別に、崇め奉れと言っているのではないのですが、
人ととして年相応の対等感とリスペクトは、わたしにとっては人付き合いのキーワード。
ここがうまくいかないジレンマは結構致命的なのです。

ところがこの夏、このストレスマックスのわたしの前に神が降りてきた。
以下、神のお告げです。

「あえてオバチャンになりなさい」

歳を重ね、少しずつ落ち着いて、意地悪でも高飛車でもなく、
それでもものをはっきり言えるようになるということ、それだけのベースを持つことこそ、
歳をとることの美徳だと気づいたのです。
それをするには、いつまでも無駄に控えめな若者ではイケナイ。
若者が無駄にはっきりものをいうというのは生意気でしかないのです。

でもわたし、年寄じゃないけど、もう若者でもないんですもの。
ええ、精神的にはいつも闘いを挑み続けるそういう若いものはもっていますけれども、
それなりにいろんなことやってきてます。嘴はもう黄色くないんです。

それでね、いろんな言いたいことを言っても、当たり障りないのがオバチャンキャラだなって。
すこしずっこけたぐらいのオバチャンは、若者から笑いながらも自分とは別次元のものとして受け入れられる。

日本人特有の「うち」「そと」の感覚だとおもうけど、
「うち」のものはみんな均質じゃないといけなくて、
異質のものは排除しようとする(いじめの法則)。
けれど、「そと」のものになってしまえば、建前でお付き合いが効くから、
異質なものも表層的には受容できる。

「日本人の学生同士」とかのくくりで「うち」にいるのに、
なんだかちょっと知ったかぶったことを言ったり経験のありそうな異物に見えるわたしを、
あえて自分自身で「オバチャン」にして、彼らにのっての「そと」に出すことで、
建前で付き合う人間関係になる。
ちょっとぐらい気に入らなくたって、変な人に見えたって、「オバチャンだからしかたないよねー」で済む。

いいか悪いかわかりませんが、内弁慶で、人に避難されることがまだ怖い私にとって、
堂々とものをいうには、このオバチャンという手段がいちばん。
今更オバチャンに変身したところで手遅れなシガラミまみれなところもあるのですが、
そこはしょうがないから放っておいて、
すでにあるところではばっちり功を奏しているので、これはいけると思われます。

全国のみなさーん、若いのもいいですけどね、
オバチャンも捨てたもんじゃありませんよー。

おわり。




1年以上
古代日本ではことばには魂が宿ると信じられていました。それが言霊。
そういえば、新約聖書の使徒行伝にある聖霊降臨で、降りてきた聖霊は舌の形をしていたのでした。
舌=langue(ラング)=言葉。
何も調べていないけれど、やっぱり言葉には魂が宿ると、わたしも思っているのです。
ほらだって、人に呪いをかけるのも言葉だし、神に祈るのも言葉。
もっと身近なところでは、自転車にぶつけられたって「ごめんなさい」って言われたら、
痛いのに怒鳴り散らす気にはならなくなる。
これを言葉の魔法と言わずになんという!

翻訳、とくに文芸作品の翻訳は、テキストに込められたこの魂をどう別の言語環境に移すか、という問題だったりするのですが、そういえばこのごろ、この魂のない言葉を操る若者に多く出会って、びっくりさせられています。

彼らの特徴として、饒舌で、語彙、とくに漢語の語彙が無駄に豊富。
そしてとても立派なことをつらつらと書いたり言ったりする。
けれどその文章を読んでいて、あるいは話していて、心に響くものがない。

たとえばフランスで、ヴェルサイユを訪れて圧倒されるのは、もちろんその絢爛豪華さと規模の大きさはあるけれど、その裏に脈々と受け継がれてきた歴史がしっかりと染み込んでいるからで、もしあれが見た目の派手さだけを真似て作り直したハリボテだったら、きっと誰も見に行ったりしない。
そして言葉を巧みに操るソノ手の若者たちの言葉は、このハリボテのヴェルサイユを前にしたらきっとこんな気持ちになるに違いない、という気持ちに私をさせるのです。

心に響かない言葉、それは言霊の宿っていない言葉。
コミュニケーション偏重の世の中の流れの中で、言葉はツールといわれるようになってきました。
「外国語を習得しても、外国語はあくまでツールであって、話す内容がないとね」
話す内容がないと、ではなく、話す心がないとね、と訂正したい。
そして、外国語習得でいちばん難しいのは、自分の魂をどうやって外国語にのせるか、ということ。
型の決まったビジネス文書や、科学的な論文などは、基礎的な語学を習得してしまえば実はさほど難しくない。
それよりも、自分を自分たらしめている魂、平たく言えば自分の「キャラ」をどうやって外国語で表すか、これがいちばんの鬼門だと思うのです。

言葉はツールなんかじゃない。
言葉は人そのもの。

でもそれは、外国語だけの問題ではなく、母国語でも同じこと。
いくら美辞麗句をならべて滑りがよくても、魂のない言葉ではあまりに悲しい。
幽霊も出ちゃったり、呪われた部屋もあったりするけど、
わたしはやっぱり本当のお城のほうが好きだなあと、思うのでした。


1年以上
違和感と書いてタカラバコと読む

このままの言い方ではなかったけれど、憧れるのも恐れ多いようなサラブの先達から、
ある時こういう内容のことを教わりました。
そして迷いっぱなしだったワタシは、この教えをきっかけに、
じんわりと魔法が効いてくるみたいに、少しずつ、けれど確実に迷路から抜け出る力を得たのです。

サラブレッドと違和感・・・取り合わせの妙。
人もうらやむ純潔種も本当は何かに違和感を感じた日があったということなんだろうか。
そして人知れずそれを乗り越えようとた日があるということなんだろうか。

ふとそんなことを思いながら、改めてすごい先達だなあとため息が出るばかりなのでした。
1年以上
ああ、論文、論文♪

今年出した論文を境に、ワタクシ自分不信から解放されました。
それはもう、「それ以前」「それ以降」とはっきり区切れるほどの変化です。

やるべきことにまっすぐ向き合えない自分――それはもしかしたら虚像だったのかもしれないけれど――に、
それはそれは長いこと煩わされてきました。

・・・いや実は、この「やるべきこと」っていうのが結構クセ者で、これを正しく理解するに至るのにずいぶんかかったのでございます。ただこれを全部書こうとすると長くなって、またブログ挫折への道が華々しく開けてしまいそうなので、この「やるべきこと」についての解釈はまた別に書くとします・・・

はっきり言って、今年、論文の名のもとにひよこのワタシたちに要求されたことは量的にも質的にもお子様ランチみたいなものでした。だからそれ自体はたいしたことない。
ただ何よりも、最後の最後まで驚くほどのエネルギーが湧きつづけ、
これでもかこれでもかと食い下がり続けられる自分がいたことに何よりも驚き、
自分のしたいことに最後まで真正面から向き合える自分がいたことを発見しました。
(そしてまた、最後の最後まで本気で引っ張り続けてくれる師匠に出会えたことも、
これまた信じられないようなラッキーだったのですが。)

だって、いつも最初は盛り上がっても途中で面倒くさくなって、テキトーに済ますのがワタクシ流だったのです。
そして、そんな尻すぼみなことしかできない自分に嫌気がさしつつ、どうせ自分なんてこんなもんだし、
「粘り強さ」なんて絵に描いた餅、自分には持ち合わせない美徳だと思っていました。

でも人間、本当に自分のやるべきことの前にあっては、絵に描いた餅は、本当の餅になるんですわ。
餅が絵のうちは、自分のやるべきことではないと思ったほうがいい。

そして自分不信から解放されるということは、無駄な自意識過剰からも解放されるということ。
結果とか、周りの評価とか、そいうものが一切どうでもよくなってしまいました。

今のワタシの欲望は、
自分のしたいことを、自分のしたいように、ただし続けたいだけ。
できるかどうかなんてわからないけれど、
それが実るかどうかなんてわからないけれど、ただやりたいからやる。

こんな基本的な欲望に素直に生きられるようになったら、
人生、ぐっと楽になりました。

ハカセ道、やっとここに始まるの巻、です。


1年以上
超ド級モノタスクにつき、どこをどうがんばっても大学があるときはブログまで手が及びません。
そんなワタシが唯一解放されるのが夏休み。
そして今年もまた懲りずに夏の女、ここに再来です。

大学に入る直前にこのブログを始めたワタシもつい先日、修士の1年目を無事に終えました。
秋からは修士2年目。提出用の研究計画書なんかを書いていると、
ようやっとそれっぽくなってきたなあと、ひとりニンマリしていたりするわけです。

でも実は「ハカセになります」と公明正大に宣言してきたものの、人知れず揺れる心がありました。
自信のなさというか、ほんとうにそんなことできるんだろうかという疑念がちらつき、
さらには、サラリーマン家庭で育ち、まがりなりにもサラリーマン生活をしていた人間が、その「当たり前」になっていた景色からいざ抜け出てみると――望んでそうしたにも関わらず――、それはそれは不安で恐ろしい未知の世界だったことも確かなのです。
思えばたった1年前にはまだその揺れる心を抱いて、修士1年目が終わったあとには研究コースにいくか、実務コースに行くか密かに迷ったりしていたことを思うと、なんだか不思議な気がします。

この1年、ワタシにとっては信じられないぐらい画期的なことがたくさん起きて、自然と気持ちが固まりました。
今となってはもう研究道まっしぐらしか考えられない、そしてそれが「あるべき景色」に見えるようにもなりました。

というわけで、ぱぷりか再来記念、あらためて心の叫びをお聞きください。

そうだ、ハカセになろう

つづく(希望)




  赤ぱぷりかの『そうだ、ハカセになろう』

作者:マダムぱぷりか

  赤ぱぷりかの『そうだ、ハカセになろう』

2010年 やっと人並みの人生諦められました記念
マダムぱぷりか パリでの超我流人生謳歌の記録          ~フランスに留学する人を応援しています♪~

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