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Ma petite Brocante

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49日前
ロワール地方をあとにして、北ブルゴーニュ、サン・ファルジョーの街散策。







北ブルゴーニュ・ピュイゼ ( Puisaye) と呼ばれる地方。
メインストリートの時計塔が目を引くしっとりした小さな街。






金曜日の午前中は朝市でにぎわっていました。
コロニー・ド・ヴァカンス(子供の林間学校みたいなもの)でここを訪れている中学生たちがたくさんいて、朝市で雑貨やおもちゃを買って騒いでいる様子が微笑ましかった。







朝市がない日は静かなんだろうな。
地元民とツーリストも多くて活気がありました。







観光局の建物に掲げられた通りの標識。
歴史ある城下町らしい標識です。

Office de Tourisme de Saint Fargeau
3 Place de la République
89170 Saint-Fargeau







時計塔は15世紀のもの。







奥に見える赤煉瓦のどっしりした建物は、サン・ファルジョー城。
980年頃、オクセール司教のエリベールが狩猟用の館を建てたのがサン・ファルジョー城の始まり。
15世紀と17世紀に修復が行われています。

朝市の屋台に遮られて遠景を撮影できなかったのがちょっと残念。

パン屋でキッシュやバゲット、朝市の屋台でハムやチーズを調達して、城の前の広場にある噴水のような手押しの井戸の周りに座ってお昼ごはん。
水は出ないけど、子供たちは面白がって井戸で遊んでいました。







17世紀にはルイ14世のいとこ「グランド・マドモワゼル」と呼ばれるモンパンシエ公爵夫人、アンヌ・マリー・ルイーズ・ドルレアン・ド・モンパンシエ(Anne Marie Louise d’Orléans de Monpensier 1627~1693)が、「フロンドの乱 La Fronde 1648年 - 1653年」の際に国王側につかず、フロンド軍側に味方したが、国王軍が鎮圧した後、国王の不信を買いサン・ファルジョーに島流しとなりこの城で4年間を過ごし、その際にヴェルサイユ宮殿の建築家ル・ヴォーに依頼し赤煉瓦の城に建て替えさえた。

島流しとはいえ、莫大な財産を持っていた王族なのでサロンは開いていたのでしょう。
ルイ14世の時代に活躍した音楽家、リュリ(Lully)を城に招いたりしている。
1657年にヴェルサイユの宮廷に戻っても人気はなく、往復書簡で有名なセヴィニエ夫人は「ヴェルサイユに友人は少なく、ケチでかなり冷たい人」と手紙に書き残している。

7,8月の金・土曜の夜には野外スペクタクルが催されている。

Château de St-Fargeau
89170 Saint-Fargeau







この街で長居してしまったのがブロカント屋。
ホーローのお玉とかコーヒーポットとかたくさん飾ってあって、デイスプレイが可愛い。







コーヒーポットは小さいサイズのが15ユーロ、お玉は10ユーロとちょっとお高め。







店内にも食器がたくさん。
カフェ・オ・レ・ボウルもありました、良い状態のもので10ユーロ、ひびやシミがあるもので5ユーロ。

とても良い街だなと思ったし、城の見学はしなかったので、下の子がもうちょっと大きくなったら夜の城見学+野外劇を見るために再訪したい。

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作者:Mica

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フランスのブロカントで訪れた街、ブロカントで見つけたお気に入り、ブロカントで見つけたキッチン用品を使用した美味しいものを紹介

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